典型的な下請けメーカーだった。
大手子供服ブランドを作ってきているため、モノ作りには自信がある
でも、これだけでは物足りない。
いつか、デパートに専門店に、自社のブランド が並ぶのを夢見ていた。

なかなか自社ブランドに踏み切れないのには、理由があった。
1、ひとつは、デザイン企画力がないこと。
2、もうひとつは、販売力がないこと。
いむらきよし

だから、下請けに甘んじているのである。
まだ下請けメーカーで儲かってる時代は良かった。
時代は変わり、下請けメーカーだけでは、だんだん厳しくなってきた。


「どうしても自社ブランドをやりたい」
このとき初めて、揺るぎない信念が出てきた。
そんなとき、松崎恵子というイラストレーターに出会った。
かわいい動物の絵を描いていた。
原画を見て惚れ込んだ。
いむらきよし


「このキャラクターを使えば、デザインは何とかなるかもしれない」
直感だった。

運よく、デザインや販売に秀でた外部スタッフと知り合えた。
大手通販大手問屋売り込みに成功
松崎恵子が描くキャラクターは新鮮で魅力的だったのだろう。
まあまあ、売れたのだが、通販や問屋の場合、どうしても大量の商品を用意しておかなくてはならない。結局、長続きしなかった

そこで、憧れの百貨店へ挑戦した。
幸いにも外部スタッフのおかげで、関西のお店に短期でおかせてもらったが、完全な 経費倒れ。即撤退。百貨店の難しさを痛感する。


次に、専門店への販売に切り替えた。
一軒一軒のお店へ電話をして訪問のアポを取る。
「子供服メーカーですが、サンプルだけでも見てもらえませんか。」
断られると、
いむらきよし
「見ていただくだけで結構ですから…」と何とか訪問の許可を得た。
それこそ、北海道から鹿児島まで、沖縄以外すべて回った。
毎週毎日出張の連続。
でも、最初のうちは、おもしろいように注文が取れた。


見る見るうちに、取引ショップが100店を超えた。商品数もどんどん増え、代理店もできた。ここまでくると、やめときゃいいのに、オンリーショップの直営店が欲しくなってくる。

代理店や全国のショップからも、「早く直営店を出して!」の声が高まってくる。

冷静に考えれば、採算が合う訳がないのに、調子に乗ってとうとう神戸に出店してしまった。店頭を埋めるために、膨大な商品を生産しなければならない。売れもしないのに。代理店や全国のショップのためにも、どんどんたくさんの商品を作らなければならない。まさに、悪循環だ。

専門店は、売れてるときはいいけど、売れなくなってくると、支払いが悪くなる。中には、昨日会ったばかりなのに、翌日には、夜逃げ同然だったり、自己破産してしまったり、 本当に人間不信に陥ってしまった。売り先ばかりではない。デザインもマンネリ化してきた。


結局、残ったのは、多額の不良債権と大量の在庫の山、山、山・・・
だから言ったこっちゃない。自社ブランドなんてやめときゃ良かったんだ。
あっちこっちから批判の嵐。まさにどん底状態。もうどうでもいい自暴自棄になっていたとき、天の声に救われる
いむらきよし


人生のどん底で私を救ったお客様の一通の手紙・・・

そんなとき、一通の手紙が会社に届きました!

「ティッシュくんはもう販売しないのですか?
どこで買えばいいのですか?
子どもたちもティッシュくん、元気かな、って心配しています。
私たち親子にまた夢を与えてくださいね。
いつまでもいつまでも待っています(^-^)」

この手紙を読んで、ハンマーで頭をぶん殴られたようなショックを受けました。
私には、こんなすばらしいお客さまが待っていてくれたのだ。
いったい、自分は毎日何をしているのだ。

目を覚ませ!

一人一人のお客様を大切にするモノ作りをもう一度ゼロからやり直そう!

手元にあったお客さま名簿を元に販売を開始しました。
私の人生を救ってくれたのは、お客さまの一通の手紙の
他にもうひとつあります。

私の人生を優しく見守ってくれていたです。
私が、いじめられたりしても、登校拒否になったり、グレたりしなかったのは
母のおかげ。

今の子どもたちにもママを大切にしてほしい。
この瞬間から、ママをテーマにした本物のモノ作りがはじまりました。
量を求めず、全国のママたちに直接販売するシステムをとりました。

大手子供服メーカーのマネをしない独自のモノ作りのスタートでした。
手元にあった、若干の顧客名簿が頼りでした。
地道にお客様を増やしていきました。

ターゲットは、30代のオシャレな育児ママ。
弊社独自の販売手法を駆使し、今や、ティッシュくん会員1万人突破!

会員数が増えても、一点もの発想のモノ作り、脱大量生産・脱大量販売の
姿勢は変わりません。

それが証拠に、「幻の子供服ティッシュくん」がついに経済産業省から、
ビジネスモデルとしての助成対象に選ばれました。

しかも2年連続。

2年連続は、全国の数あるメー カーの中でも、数十社だけです。

今思い返してみると、あのお客様の一通のお手紙
なかったら、母の愛がなかったら・・・、と思うとゾッとします。

全国の育児ママを幸せにすることで、この恩返しを
していきたいと思います。

まだまだ、「いむらきよし」の挑戦は続きます。

私が今までやってきたことは、大手のマネごとだった。
たくさんの取引ショップを持ち、直営店を作り、そのために大量生産・大量販売をする。在庫の山をバーゲンで処分する。この繰り返し。この過去の成功方程式は、メーカーにとってもお客様にとっても、社会にとっても良くないということを痛感したのである。

そこで、すべてをゼロから再構築することにした。
1、 大量生産、大量販売はしない
2、お客さんの注文分だけ作る。
3、一枚からでも作る。
いむらきよし

業界のタブーだった。
同業者から、「また失敗するだけだから…」と非難された。
しかし、私は覚悟していた。
「これでダメだったら、もうやめよう」と。

デザイナーから根こそぎメンバーを入れ替えた。
生産方式も新しく再構築した。
販売も、直接お客さんダイレクトに切り替えた。

今までの延長線上では絶対に成功は覚束ないと思ったからである。

  つづく